

世界遺産、1979年登録。文化遺産。シリアの首都ダマスカスは、4,000年前から今日までずっと人々が住み続けている世界最古の町のひとつです。広大なシリア砂漠の中にあるこの都市は、アンチ・レバノン山脈から流れるバラダ川とアワージュ川によって潤されるオアシスの中にあります。市街が一望できるカシオン山に登ると、東と南にはアラビア半島まで続く荒涼とした砂漠、西にはアンチ・レバノン山脈の峰々とその南端の雪を頂いたヘルモン山の景色が対照的に広がっています。東西交通の要所として重要な役割を果たしたこの町には、4,000年の歴史を通して様々な民族、文化、宗教がモザイクのように織り込まれ、見どころも大変多い。町の東側には城壁に囲まれた東西1.2km、南北700mの城壁で囲まれた旧市街があります。迷路のように込み入った通りを歩くと、世界最古のウマイヤド・モスクや巨大な城砦、アゼム宮殿や教会などの歴史の重みを感じさせる建造物や、賑やかなスーク(市場)に出会う魅力的な体験ゾーンが広がっています。


世界遺産、1980年登録。文化遺産。ダマスカスの北東約200km(車で約3時間)、シリア砂漠の中央に位置する巨大な遺跡がパルミラです。その規模の大きさと質の高さには誰もが圧倒されてしまいます。果てしなく広がるシリア砂漠の中に、一日ではとても見きれないほどの建造物が残っています。北と西を囲むようにそびえる山脈から地下水が流れ出ているため、古代よりオアシスの町として栄えてきました。ローマ時代には中国とヨーロッパを結ぶシルクロードの隊商都市として大繁栄を遂げます。現在見られる遺跡の主要なものは、ほとんどこのローマ時代に建設されました。パルミラはナツメヤシを意味する「パルマ」というギリシア語が語源。パルミラの前は「タドモル」と呼ばれていましたが、これも古代セム語でナツメヤシを意味する「タマル」から名付けられたといわれています。語源の通り、現在もナツメヤシ、オリーブ、ザクロなどが茂り、緑豊かなオアシスです。周りを壁で囲まれた遺跡の中心部には、古代セム人の主神ベル(バアル)に捧げられたローマ時代の神殿=ベル神殿や、ベル神殿から全長1.2kmに渡って延びる列柱道路と記念門、シリア有数の規模を誇る野外劇場など見どころも満載。壁の外側にも貴族エラベールの塔墓やアラブ城砦など多数の遺跡が点在しています。

世界遺産、1986年登録。文化遺産。ダマスカスに次ぐシリア第2の都市アレッポは、北部シリアの中心的都市です。アラビア語ではハラブとも呼ばれています。アレッポのシンボルはなんと言っても、周囲2.5kmの巨大なアレッポ城でしょう。市内のどこからでも尾の城を見上げることができます。また、アレッポのもう一つの見どころは広大なスーク(市場)。アレッポのスークはダマスカスのスークよりも昔の雰囲気を保っていて、大変面白い。そのほかアルメニア人の移住によってできたキリスト教地区(ジャディデ地区)は、他のアラブ都市には見られないヨーロッパとアラブの建築様式が調和された町並みを残しています。

世界遺産、2006年登録。文化遺産。クラック・ドゥ・シュバリエは、現存する十字軍の要塞の中では最も傑作とされ、アラビアのローレンスも絶賛しました。この名前は「要塞」を意味する中世フランス語であると考えられています。アラビア語ではカラート・アル・ホスンと呼ばれています。海岸地方から内陸のホムスに通じる峡谷に近いこの高台には、1031年ホムスの君主がこの場所に砦を築きクルド人を定住させました。その後、1099年、聖地エルサレムを奪回するために遠征した十字軍がここを占領し、円塔を持つ外壁と内側の砦の2重構造に改築し、当時の最新の技術を導入して強固な城砦とし、4,000人もの守備兵が駐屯できる規模に拡大しました。その堅固さゆえに、アラブ軍はこの城砦を落とすのに大変手間取り、1188年にはエルサレムを奪回したサラディーンでさえ、この城の占領をあきらめたほどです。1271年、スルタンのバイバルスはこの城を包囲して外壁に穴を開け、籠城するホスピタル騎士団を追い詰め、ついに十字軍は降伏しました。その後マルムーン朝もここを基地として使用したが、やがて居住区に変わっていき、1934年フランスの遺跡管理機関が城内の住民を移動し、現在に至っています。