リビア

 

基本情報

リビア
正式国名
大リビア・アラブ社会主義人民ジャマヒリヤ国 The Great Socialist People’s Libyan Arab Jamahiriya
面積
約176万km2(日本の約4.6倍)
首都
トリポリ Tripoli (アラビア語ではタラブルス)
民族構成
アラブ人、ベルベル人、トゥアレグ人、トゥーブー族など
言語
公用語はアラビア語。都市部では多少英語も通じるほか、地中海沿岸部ではイタリア語やフランス語が通じる事もある。またベルベル語やタマシェク語も話されている。
通貨
リビア・ディナール (LD)。補助通貨はピアストルとディルハム。
1LD=100 Piastres(ピアストル)=1000 Dirhams(ディルハム)=約70円(2010年4月現在)。
紙幣の種類=LD 0.25、LD 0.5、LD 1、LD 5、LD 10、LD 20。
硬貨の種類=20 Dirhams、50 Dirhams、100 Dirhams、250 Dirhams。(硬貨はほとんど使われていない)
時差
日本より7時間遅れ。日本が正午のときリビアは早朝5時。サマータイムはない。
宗教
イスラム教スンニ派 97%、その他3%
祝祭日
2月26日 ※預言者ムハンマド誕生祭
3月2日 ジャマヒリヤ創設日
3月28日 イギリス軍撤退の日
6月11日 アメリカ軍撤退の日
9月1日 革命記念日
9月8日~11日 ※ラマダン明けの大祭
10月7日 イタリア軍撤退の日
10月26日 闘争の日(ブラック・デー)
11月15日 ※犠牲祭
12月6日 ※イスラム教新年
12月24日 独立記念日
※はイスラム教の祝祭日。イスラム教祝祭日は太陰暦によるため、年によって変動するので注意。
上記は2010年の日付で記載しています。

おすすめ観光情報

トリポリ
トリポリ(タラブルス)/Tripoli (Tarabulus)

経済発展著しいリビアの首都であり、かつ最大の都市。フェニキア人が紀元前7世紀頃に建設したとされ、ローマ時代にはオエアと呼ばれていました。創建から現在まで、廃墟にならずに命脈を保ってきたリビア唯一の町です。ローマやオスマン・トルコ、アラブ、イタリアなど、各時代の建造物が混在する魅力的な町には、庶民の生活が感じられる雑踏の旧市街や歴史的遺産を多く収集したジャマヒリヤ博物館、敬虔なイスラム教国の篤い信仰心が感じられる数々のモスクなど、見所は中心地に集まっているので散策も楽しめます。
※現在も信仰の場として使用されているモスク内部は、原則としてイスラム教徒以外は立ち入る事ができません。扉は開放されている場合もありますが、内部を見学したい場合は、管理の人に必ず許可を取り、お祈りの妨げにならないように静かに見学をしましょう。

ジャマヒリヤ博物館

◆ジャマヒリヤ博物館/Jamahiriya Museum
アッ・サラーイ・ル・ハムラ城の中にある国立博物館。4回まである展示室はリビア中から集められた貴重な文化遺産が数多く展示されています。彫像やレリーフなどの芸術性の高い文化財は、そのほとんどがこの博物館に収められています。非常に広い為、歴史に興味のある人は1日かけてゆっくり見学するのもお薦めです。
※カメラやビデオの持込には持ち込み料がかかるので注意。

マルクス・アウレリウス門

◆マルクス・アウレリウス門/Arch of Marcus Aurelius
ローマ都市オエア(163~533年)だった時代の凱旋門。この門にはローマの五賢帝のひとり、マルクス・アウレリウス・アントニヌス(121~180年)の名前が付けられている。しかし実際はパルティア(当時のペルシャ/イラン)との戦いに従事していた彼の共同皇帝ルキウス・ウェルス(131~169年)が、164年にパルティア王ヴォロガセス4世を破り、首都クテシフォンを占領したときの勝利の記念として、165年に建てられた凱旋門。風化が激しく、ぼやけてしまってはいるが、東西南北を向いた門の四面にはローマ都市の凱旋門同様、エジプトやギリシアの神話上の神々やシンボルが見られる。この凱旋門のある場所は、オエア時代にはローマ・北アフリカの最も重要な交差点のひとつであり、カルド・マキシムス(町を南北に走るもっとも重要な道)は港まで延び、凱旋門は都市の玄関の役割を果たしていた。門を通るデクマヌス(東西の道)はサブラタやレプティス・マグナとの間を結び、さらにチュニジアのカルタゴやエジプトのアレキサンドリアまで延びていました。絶大な勢力を誇り、北アフリカに次々と大都市を建造したローマ大帝国時代の栄華を感じられます。

レプティス・マグナ
レプティス・マグナ/Leptis Magna

世界遺産文化遺産/1982年登録。トリポリの約123km東に位置するレプティス・マグナは、オエア(トリポリ)やサブラタと共にトリポリスと呼ばれたフェニキア人の植民都市が起源。2世紀末にローマ皇帝となったセプティス・セウェルスは、生まれ故郷のレプティスをローマ時代の北アフリカで最も壮大かつ贅沢な、帝都に匹敵する巨大都市へと変貌させた。ローマ式の都市計画に則った幅広い街路、帝国各地から運ばれた、美しい大理石や花崗岩をふんだんに使った建築物。現在のチュニジアにあった同名の都市と区別するため、偉大なという形容詞マグナを冠し、レプティス・マグナと呼ばれるまでになった。イスラム教徒の信仰後、何世紀もの間砂に埋もれていた遺跡は、それがゆえに美しく保存され、現代でもその栄華を見せつけている。非常に広大な遺跡なので、レプティス博物館も含め、1日かけてじっくり回りたい。

サブラタ
サブラタ/Sabratha

世界遺産文化遺産/1982年登録。トリポリから西へ約67km、地中海岸にあるサブラタは、トリポリ、レプティス・マグナと並んでトリポリスを形成していた遺跡のある町。サブラタは紀元前12世紀頃から、地中海で盛んに交易活動を行ったフェニキア人が築いた町。紀元前517年からはカルタゴの衛星都市となり、サハラ以南のアフリカやスーダンから持ち込まれる金や宝石、象牙の中継地点として栄えました。紀元前2世紀にはギリシア人も入ってきて、都市建築や彫刻技術を持ち込んだ。紀元前146年にカルタゴがローマに滅ぼされると、サブラタもローマの支配下にオリーブや小麦などの農作物を供給する「ローマの穀倉」となった。365年に地中海の北アフリカ東岸一帯を襲った大地震で壊滅的な被害を受けた。1923年からイタリアによる発掘調査と修復作業が始まったが、現在でも総面積約60ヘクタールの3割ほどしか調査が終わっていない。

ガダメス

ガダメス

ガダメス/Ghadames

世界遺産文化遺産/1986年登録。アルジェリアとの国境に近い、サハラ砂漠にぽっかり浮かぶオアシス都市。古くから地中海沿岸とアフリカ内陸部を結ぶ交易ルートの中継地として栄えたこの町には、およそ800年前に建設された旧市街があります。気温が40度を超すことも珍しくない砂漠の暑さをしのぐため、住居には窓がなく、地上会にはまるでトンネルのような通路が縦横に張り巡らされている。それぞれの住居に入ると、室内は石膏を使ったレリーフやアラベスク文様をあしらった装飾がなされ、その美しさに息を呑みます。壁にかけられた鏡や編み細工などの生活用具までもがアートです。
現在、ガダメス旧市街に人はほとんど住んでおらず、人々は新市街の一般的な家屋に住んでいますが、今でもガダメスの人々はみな旧市街に家を持っており、祭りや休日になると旧市街の自宅で家族団欒を楽しんでいます。旧市街はところどころ修復中であり、平日には人通りもほとんどありません。細く張り巡らされた道は薄暗く、慣れないとすぐに道に迷いってしまいます。必ずガイドさんと一緒に迷宮に入って下さいね!

ナルート

◆ナルート/Nalut
ナフーサ山地の西端にあるナルートには、その起源が紀元前7世紀にまでさかのぼるという食料貯蔵庫があり、人々はその形からこれをカスル(城)と呼んでいます。ナフーサの台地がジファーラ平原に突き出た崖の上にそびえる、壁でぐるりと囲まれた石積みの姿は、倉庫というより難攻不落の砦を思い起こさせる。狭い通路の両側に石を穿ったり、日干しレンガを積み上げたりして4層から時には7層ものトランクルームが並ぶカスルは、ベルベル人の生んだ最高の建築物といえます。

カバウ

◆カバウ/Kabaw

ナルートから東へ40km、ナフーサの山中にあるカバウは、ベルベル人の伝統生活が色濃く残る小さな村。広場には毎週日曜日に市が立ち、買い物をする地元の人々で賑わいます。この村の外れの斜面に、要塞形食糧貯蔵庫(カスル)があり、カスルを中心に古い住宅が点在するオールド・タウンが広がっている。ナルート同様、石や日干しレンガ、石膏などで700年以上前に作られましたが、ナルートと異なり、カバウのカスルは中央に広場があり、それを囲むように4~5層のトランクルームが並んでいます。

アカクス山脈
アカクス山脈/Tadrart Acacus

リビア南部のオアシス都市セブハから砂漠をひた走り広大なサハラの奥地へ。いくつもの砂丘、ワディ(涸れ谷)、塩湖を越えたその先に、有史以前の古代人が残した動物の岩絵、線刻画が残るリビア最南部のアカクス山脈があります。時間の概念が消えた幻想的な世界、360度の砂漠、夜には輝く月に満点の星空を背景に砂丘が浮かび上がり、過酷ながらも美しい砂漠を静寂が包みます。他では味わえないサハラならではの体験は、きっと忘れられないものになるでしょう。