
日本との時差は-14時間。
サマータイム制度を採用しており、採用時は-13時間。
7月26日 革命記念日
10月10日 第1次独立戦争開始記念日
12月25日 クリスマス
カリブ海の真珠と言われるキューバは、フロリダの南約145kmに横たわる東西に延びる細長い島です。全長は1250km、最大幅も191kmあり、面積は日本の本州の約半分です。本島の他に約1600あまりの島や岩礁などからなるカリブ海最大の島です。
キューバの首都ハバナは、現在旧市街と呼ばれている場所が発祥の地です。
スペイン・コロニアルの情緒を残す旧市街と、ヤシ並木と高層ビルの新市街からなる大都市です。政治、商業の主要機関はハバナにあり、まさにキューバの中心地です。

◆カテドラル
1555年、サンティアゴ・デ・クーバからハバナに首都が移された時から最大の信仰を集めるカテドラル。キューバ風バロックスタイルは見ごたえがあります。また、カテドラルの前には広場があり、17世紀の石畳が残り周囲を囲む家々も18世紀前半に建てられたコロニアルなものです。

◆モロ要塞
かつてモロ要塞とブンタ要塞には太い鎖が渡され、ハバナ港に通じる運河を行き来する船を管理していました。要塞としての必要性がなくなってからは牢獄として使用され、今は灯台の役目も果たしています。

◆旧国会議事堂(カピトリオ)
アメリカのホワイトハウスがモデルという旧国会議事堂。建設は1929年。幅208m、高さ98mの4階建てで大理石をふんだんに使用した建物。

◆革命広場
メーデーなどの国家評議会議長の演説の場として知られ、多いときには数十万人もの人が広場を埋め尽くすと言われています。広場を見下ろす18mのホセ・マルティの像はイタリアの白大理石を使って造られたものです。
◆ハバナ・クラブ
キューバを代表するラム酒「ハバナ・クラブ」の歴史と製造過程を知ることのできる施設。見学の最後にはラム酒を試飲できます。
◆革命博物館
革命博物館の建物は1920年から60年に大統領官邸として使われたいたものです。キューバ革命に関する写真や資料、武器などが展示されていて革命の様子を知ることができます。裏手の広場には戦車とメモリアル・グランマがあり、カストロとチェ・ゲバラら革命軍がバチスタ政権を倒すためメキシコからキューバに密航した際に使用したヨット「グランマ号」が見られます。
◆ヘミングウェイ博物館
ヘミングウェイが住んでいた家が博物館になっている。キューバを訪れて以来この地に魅せられ「誰がために鐘は鳴る」の売り上げでこのフィンカ・ビヒア邸を購入し、海と釣りをテーマにした作品を作り上げていきました。家は遺言通り、キューバ政府のものとなりましたが、内部は当時のまま保存され、「老人と海」を書いた部屋、立ったまま打ったというタイプライター、8000冊といわれる蔵書や出版された古い本などがそのまま残されています。
◆コヒマル
小さな漁村コヒマル。ヘミングウェイの「老人と海」の舞台にもなった場所として有名。

キューバ本島の北東、イカコス半島にあるカリブの青い海。バラデロは22kmに渡って白い砂浜が続き、マリンスポーツ、ゴルフやレジャー、夜は華やかなショーやキューバンサルサのディスコなど、バラデロは昼も夜も楽しさでいっぱいです。

ユネスコ世界遺産に指定されたキューバに残る古い町のひとつ。まるで町のすべてが博物館のようで、石畳の小路、重厚で堂々とした館の数々と当時の面影を残すサトウキビ畑、インヘニオス渓谷、キューバの町とは一味異なる文化の香り高い町です。

◆サンティシマ広場
トリニダードの中心となる広場。正面にカテドラル、周囲を17~18世紀に建てられた大邸宅に囲まれています。

◆マナカ・イスナガ
植民地時代サトウキビ畑だったところで、今は青々とした原生林が広がっています。奴隷を監視するために建てられた7層のイスナガの塔もあり、いたるところに植民地時代の面影が残っています。
◆ラ・カンチャンチャラ
カンチャンチャラとは飲み物の名前。ラムにハチミツとレモンとミネラルを混ぜたレモネードのようなもので、古くから飲まれていると言われています。そのカンチャンチャラを飲みながら、キューバ音楽とダンスが楽しめるバーです。
キューバ東南にある第2の都市。北にキューバ最高峰をもつシエラ・マエストラの山脈がそびえ立ち、南側にはカリブ海が広がっている。植民地時代の面影が残る古い町並みも合わせてキューバらしさを感じさせてくれる所です。またキューバ革命が始まった場所として知られています。

◆7月26日モンカダ兵営博物館
キューバ革命の火蓋を切った歴史的な場所。この兵営は1854年に建てられたもので、1952年にクーデターによって政権についたバティスタ軍隊のキューバ国内第2の規模を誇る兵営でした。1953年7月26日、カストロ率いる革命軍は武器の奪取とバティスタ政権の打倒を掲げ、このモンカダ兵営を襲撃。その日、兵営内ではカーニバルの後のパーティーが開かれていて、気がゆるんでいるところを狙っての襲撃でしたが、この作戦は失敗に終わり、多くの仲間が犠牲になりカストロも逮捕されます。博物館の入口になっている3番ゲートには今も当時の弾痕が残っています。

◆モロ要塞
海岸沿いに建てられた要塞。1638年に海賊からの攻撃を防ぐためにイタリア人により設計されたもので、1978年からは博物館として一般に公開されています。
◆カーニバル博物館
毎年7月下旬に行われるカーニバルにまつわる写真や楽器、パレードで使う飾りなどが展示されています。
◆グランヒータ・シボネイ
カストロの指揮による1953年7月26日のモンカダ兵営襲撃は、サンティアゴ・デ・クーバから13キロメートル離れたここから出発しました。革命始まりの地は、かつて養鶏場だった場所で小さな建物ですが、重要な作戦会議が開かれていました。今は博物館になっています。