
ボリビアーノの下にセンターボCentavo(¢)があり100¢=Bs.1。紙幣はBs.200、Bs.100、Bs.50、Bs.20、Bs.10の5種類、コインはBs.5、Bs.2、Bs.1、¢50、¢20、¢10の6種類がある。
ボリビアでは、自国通貨のほかUSドルもあらゆるところでそのまま使うことができる。

汽船の航行する世界で最も標高の高い湖「チチカカ湖」。標高3,812mで富士山よりも高い位置にあり、琵琶湖の約12倍の広さです。ボリビア側には島中が段々畑で覆われていて、水源のわからない「若返りの泉」や神殿跡がありインカ発祥の地、聖なる場所として知られる「太陽の島」などがあります。

ラパス郊外のインカの祖先を生んだともいわれるティワナク遺跡。未だ謎が解明されていない巨大な石の文化はインカに勝るとも劣らない見事な石造技術です。
ビラコチャの神をはじめとする多くの神々を崇拝する宗教都市だったと推測され、誰が何の目的でこの壮大な都市を築いたのか、そして、人間の形をしたモリノート(立像)は何を意味するのかなど謎に包まれたままです。
ビラコチャ神が彫られた太陽の門などティワナクが巨石文化といわれる由縁です。

標高約3,650m、世界最高所にある首都として知られています。南米の中で最もインディヘナ(先住民族)人口が多い都市です。
ラ・パスの町はイリマニ山をはじめ、5,000m級の山々に囲まれた鉢状の盆地で、庶民生活が漂うセントロや、コロニアルな雰囲気の旧市街、近代的な地域などに分かれています。

標高約4,070mのポトシは、ボリビアでそして世界で最も高い位置にある都市です。
16世紀、銀鉱脈が発見されると世界の銀産出量の半分を占める銀山となり、山麓に建設された街がポトシです。町には精錬所や豪華な邸宅や聖堂が建てられ、 ヨーロッパでは「ポトシのごとく豊かな」という比喩が生まれるほど、ポトシの名は富の代名詞になります。しかし無限に産出するかに思えた銀山が19世紀前半には枯渇。人々は町を去り、聖堂の多くが閉鎖され、わずかな銀や錫を産出する山と豪華な建設物だけが残されました。

標高約2,750m、アンデス山脈の盆地に位置するスクレは、ポトシ銀山の富にあずかり繁栄した町です。古都スクレは、スペイン植民地時代の町並みが残り、条例で壁面の色は白と定められ、ボリビアでもっとも美しい町といわれています。
19世紀、南アメリカにおける最初の独立運動が興り、ラテン・アメリカ各地で独立運動を指導していたのが「解放者」シモン・ボリーバル。そのボリーバルの右腕アントニオ・ホセ・デ・スクレ将軍が、ついにアルト・ペルー(現ボリビア)の開放に成功し、この町の「自由の家」で独立宣言が高らかに読み上げられました。新国家の名はボリーバルにちなんでボリビア共和国とし、町の名は将軍の名にちなみスクレと改められました。
銀山の枯渇化、さらに国の行政機関がスクレからラ・パスへ移ると、都市としての発展に終止符が打たれてしまいますが、それゆえにスクレは今も往時の面影を保つ美しい街であり続けています。


標高約3,660m、ウユニの町の名を有名にしているのが、世界一大きな塩の湖「ウユニ塩湖」です。南北約100km、東西約250km、面積約12,000k㎡のおよそ20億トンもの膨大な塩の固まりです。塩原の中央付近で回りを見渡すと視界の限り真っ白の平地で、寒冷な気候もあって、雪原の直中にいるような錯覚をおこします。
乾季の6~10月と雨季の12~2月がハイシーズンで、雨季には塩湖に水が溜まり、通行不能な箇所も出てきますが、鏡のような湖面が見られるのはこの時期です。